今西コラム

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「私の履歴」-挫折-
早速、M漫画製作所でお世話になったお得意先へ、独立の挨拶がてらの営業開始です。
知る限りのプロデューサー、ディレクターにアタックしましたが、M漫画製作所から既に手が回っていて 簡単には仕事にありつけません。
スポンサーの身になれば名もない若輩の制作集団より、「納期」「質」の実績ある安全なところに出すのが道理だと理解させられました。
「実績」と「信頼」を得なければ、と気持ちは焦るばかりです。
電話帳を頼りに新規にお得意の開拓も平行して頑張りました。
「何とかチャンスを下さい」と毎日懇願する営業の日々が続きます。
しかし、色よい返事は貰えません。
売上0 円が1ヵ月近くも続きました。
持ちあわせ金も底を突き、給料どころでは無く交通費すら無くなりかけています。
退職金が貰えず僅かなお金でスタートしてしまったツケが回って来たのです。

親、兄弟に借金を申し込みましたが貸すお金などは無く体よく断れ、じゃぁ銀行から堂々と借りようと思い、どうせ借りるなら天下の三菱銀行で借りてやろう、と意気揚々貸付課へ出向きました。
応接室に通され、大きなソファーに座るとシガレットケースにはお客様専用のピースが用意されています。
勧められるままに煙を燻らせ、大きく100万円の借入金を申し込みました。
「現状は惨憺たる営業状態だが近い将来必ず成功させます」
「今、いくつもの企業を回っています」
「この身体が担保です」と、一生懸命お願いしました。
相手は私の懇願に頷きながら黙って聞いてくれました。
何となく手応えを感じ、熱が入りだし、ばら色の未来を語り続けました。

ところが、どうした弾みでそうなったのか未だに解らないのですが、「利息」とか「返済方法」とか具体的な話し合いの前段階で、「コーヒー代は私に持たせて頂きます」と云って銀行の前にある喫茶店に連れ出されました。
「先ず積み立て預金をせめて3年間続けて下さい」
「積立額は千円でも五千円でも一万円でも構いません」
「積立額の3倍は私が必ずお貸しします」
「預金は大勢の人たちから預かっている大事なお金です」
「ですから十分に御社の状況を把握しなければなりません」
「そしてそのお金が会社の発展に是非お役に立って欲しいのです」
云われること全てがごもっともな話しです。
遠回しに現段階では無理であるように聞こえてきました。

こちとらは銀行には腐るほどお金があるんだから「1万円ぐらいならいいだろう」と云いたかったのですが100万円と大きく云ってしまった手前、さすがの私も何も云えず足取り重く引き下がってきました。

後で、お金を借りる何たるかが全く無知だった自分を恥じましたが、銀行員も分けの解らぬ20代の若造にいきなり100万円貸してくれと云われ、さぞ困ったことでしょう。

「万事休す」状態からどうしたら立ち直れるか?
社員6人雁首を合わせ重い気持ちで話し合いしました。
今のように携帯電話など無い時代です。
その結果、1人は会社に残りスポンサーからの電話番役です。
他の者は、昼はアルバイトで食いつなぎ、夕方6時には会社に戻り仕事が有れば夜中作業をするということに決めました。
カーテン屋の生地の荷卸し、商品のアンケート調査などのアルバイトで食を満たしました。
一方、アルバイトを誤魔化しながら営業も続けました。
それから間もなくのこと、待望の仕事が舞い込んで来ました。
始めての仕事で嬉しさが込み上げて来ました。
打ちあわせの為、会社を飛び出したまではいいのだが、山手線一周10円、都電13円の時代でしたが残金は僅かしか残っていません。
えいっ!やぁ! とばかりに高円寺から四谷まで走り出しました。
走って走って何とか先方に着き、挨拶を交わし、席を勧めらましたがハンカチで拭いても拭いても汗が止まりません。
「どうしたんですか?」と問われても会社からここまで走って来ましたとは云えず、「小さい時から汗っかきの体質で!」と小さな声で応えるばかりでした。
                                             次回へつづく