今西コラム

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「私の履歴」-初仕事-
初仕事は「芸能ニュース」と云う題名が「・」から画面いっぱいに5秒間で飛び出してくるタイトルでした。
製作費500円、製作期間5日の条件です。
当時としてもメチャメチャ安い製作費でしたが受注第1号、嬉しさのあまり2つ返事で引き受けてしまいました。
ところが「点」から文字に変化することなど有り得ないのです。
どんなにレンズを近づけて拡大しても「・」は「・」です。
逆に「芸能ニュース」と云うタイトルを、レンズを遠ざけて撮影しても横長の「線」には見えますが、「・」には見えません。
「芸能ニュース」と1枚書いて、カメラワークだけでいいだろうと簡単に引き受けてしまったことが間違いのもとでした。
スポンサーに「・」ではなく「線」からじゃダメですか? と、お願いしても約束が違うと云って聞き入れてくれません。
スタートしたばかりだったので後々のマイナス面が去来して、どうしても「断る」ことが出来ません。
こうなったらやるっきゃありません。
先ず、「芸能ニュース」と1枚書き、それを近所の写真屋へ持ち込み、「撮影」「引き伸ばし」を頼みました。
引き伸ばしと云っても、四つ切りサイズの印画紙へ可能な限り最小文字から画面センターに決まるまで50当分して、1枚1枚焼き付けねばなりません。
最小文字と最大文字の露光時間の違い、引き伸ばし機を正確にスライドさせる暗闇の中での作業、一ヶ所もミスは許されません。
映画は何千倍も拡大して上映されるので、僅かな「ズレ」も「ガタ」が目立ち、絶対納品が出来ないのです。
翌日50枚(最小文字から最大文字)の写真が出来上がりました。
この50枚の写真をベースにして、1枚1枚手書きで「動画セル」に正確に書き写さなければなりません。そして「最小文字」と「・」の間は「感」で動画にしなければなりません
昼はアルバイト、夜しか作業が出来ません。
約2週間、睡眠不足との闘いでした。
当時、数百万円もする「アニメーション撮影スタンド」を購入することが出来ず、目黒にあった撮影機材レンタル会社へ駒撮り撮影を依頼しました。
1枚1枚書いた「動画セル」を持って山手線に乗ったのは良いが、ハッと気がついた時、新宿から目黒まで2時間近く経っていました。良い気持ちで山手線を2周していたのです。

食うためには専門の映像製作以外に近所の喫茶店に飛び込み、「氷いちご30円」「氷メロン30円」「氷あずき50円」などのメニュー書きをしたり、マッチのデザインをしたり、知人の紹介でネオンサインの「デザインから施工」までを受注。電話帳にあった施工業者の親方から見積額や施工期間を親切に教わり、品川駅前に「日本通運」のネオンサインも完成させました。

当時、代理店からコマーシャルの引きあいが結構有りました。
しかし、アイディアを2‾3種類考え、絵コンテにして提案するのですが、その絵コンテがスポンサーに採用されなければ、ただの紙くずとして消えます。勿論、一銭にもなりません。
われわれはコマーシャルの依頼がある度に「千三つ」と呼んでいました。
千本考えて、3本ぐらいしか採用されない確率だからです。
半ばあきらめの境地を察しながら、仕事ほしさに依頼がある度に苦しみました。
ある日、「証券業協会」のコマーシャルの依頼がありました。
例の如くダメもとの心境でアイディアを考えましたが、良いアイディアが浮びません。
お酒とか、お菓子とか、車とか絵になる商品ならそれなりのコマーシャルになりやすいのですが、「株券」ぐらいしか浮かばず、3日経っても絵コンテ用紙は真っ白です。
代理店でもアイディアを考えていたのでしょう、彼らもアイディアに行き詰まり催促電話が頻繁にかかって来ました。
机にしがみついていても良いアイディアが浮ばず、逃げるように外へ出ました。そして何故か鎌倉海岸で海を眺めていました。
日は沈みかけ、大きなため息ばかりが出て、気持ちは晴れません。
どういう経路で池袋についたのか記憶にないのですが、とあるキャバレーに入りました。
サキソフォンが奏でる扇情的な音楽、きらびやかなミラーボールが踊っています。
胸元をあらわにしたドレス姿のピチピチした女の子が
「いらっしゃいませ」「何にします?」
「水割りでいいや」
「私、果物が食べたいの?」と云って、しなだれかかって来ました。
頭の中は金勘定と彼女の魅力がぶつかりあいながら「あぁいいよ」なんて恰好をつけてしまいました。
ほどなくボーイが水割りと、果物の盛り皿をテーブルに並べました。

その時です。「これだ」「このリンゴだ」ウサギの耳を模した「リンゴ」がヒントになりアイディアが浮んだのです。
「悪いけどすぐ帰るよ、また改めて来るから!」彼女はキョトンとしていましたが「急に仕事を思いだしたのでゴメンネ!」と云って強引に会社へ戻りました。
ウイリアム・テルの「リンゴの話し」を思いだし、子供の頭に乗せたリンゴを的に「安全」「投資」と書かれた矢が射られ、「株」は「投機」で売買できるが、本来は会社を育てる「投資」が使命であることを強く表現しました。
その日徹夜で絵コンテを仕上げ、目出度く採用され、2カ月余りで納品を済ませ、50万円を手にしました。
その後リンゴのお礼とか何とか云っちゃって、あのキャバレーへ行き、あの彼女を指名し、あの日の事を一生懸命話しましたが、彼女は全く私のことを覚えていませんでした。
その後、永谷園の「お茶漬けのり」、石油ストーブ「パーフェクション」
日立の「トランジスタラジオ」、井関の「農機」、文明堂の「カステラ」など、地方局のも含め100本ぐらい手掛けました。
中でも文明堂のコマーシャルは、ビデオ製作になるまで20年以上もお世話になり、スポンサー、代理店には大変感謝しております。
一方、PR映画(15分〜45分)が全盛時代で、教育、医療、科学、土木、建設、電気、輸送、機械、造船、農業、環境などあらゆる分野での需要がありました。 簡単に云うと「映像」「解説」「音楽」「効果音」の動くパンフレットです。
どうしても実写で撮影出来ないシーンを「細密画」にしたり、「アニメーション」にしたり、「ミニチュア」にしたりして映像化するのが私たちの役割でした。

次回へつづく