今西コラム

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「私の履歴」-結婚-
独立2年目(昭和37年26才)の夏のことです。
日光白根山へ土曜日の夜行列車を利用して、2人だけの登山を約束しました。
朝明けきらぬ、まだ星がキラキラ瞬いている早朝、日光駅に着き、列車内で仮眠させてもらいました。(当時はOKでした)
気持良い朝日を全身に浴び、来光を背にバスはいろは坂を登り、湯ノ湖へ向かいます。
車中どんな話をしたか思い出せませんが、当然私は「気分はルンルン」
「浮き浮き」していたことでしょう。
永い年月、待ち焦がれた2人だけのデートです。
そして、後にも先にもただ一度だけの蔵王でのキッスでしたが、彼女の全ては「俺のものだ」と言う何とも云えぬ自我意識が芽生えていました。

学生時代には仲間と白樺湖、磐梯山、大島など幾つも登山をしましたが「照れ」が邪魔して、気持とは裏腹に彼女の手を取って補助してあげることが出来ず、バカを云っては笑わせることぐらいでした。
何度も歯がゆい思いをしました。

今日は違います。
小さな「沢」にさしかかれば先に渡り、両手を拡げて彼女の手を取ります。
彼女がよろければ素早く抱きかかえます。
積極的に手を取ってあげ、ぐいぐい引っ張ってあげます。
こんな些細なことが、嬉しくてたまりません。
30〜40分歩いては15分休憩の繰り返しをしながら「前白根山」山頂付近で最後の休憩を取り、一歩一景のありそうな五色沼まで頑張りました。
たっぷり汗をかいた身体に下界とは違う涼しい風が何とも言えない心地良さを誘います。
昨夜、おふくろが握ってくれた梅干しとおかかのおにぎりを拡げます。
彼女も何品かのおかずと可愛らしいおにぎりを拡げます。
五色沼に目をやると、水色の水面と太陽の反射光が眩しく照り返して来ます。
人影も見えず、この景観を2人だけで独占しました。
2人はおにぎりをぱくつきました。
朝食抜きのせいか「旨い!」。たくわんも、卵焼きも「旨い!」。
水筒の水が美味かったこと今でも忘れられません。
 満腹感を味わったあと木陰のある若干傾斜のある草むらを見つけ、仰向けに手を繋いで寝そべってみました。
白い雲が小枝の隙間を渡って行きます。
この静けさの中、ただ黙って空を見上げているだけで充実感を覚えました。
何の会話も要りませんでした。

ふと気が付くと4時ちょっと過ぎです。
2人とも熟睡してしまったようです。
予定の「白根山」へあと1km足らずでしたが取り止め、登って来た道を迂回して下山することにしました。
ギリギリ2人が歩けるぐらいの山道をしっかり手を繋ぎ、吉永小百合&橋幸夫のデュエットよろしく、♪♪いつでも夢を♪♪ 幸せ一杯歌いました。
前白根山を通過、右側は谷、左側は山の小道を元気に下山。
2度ほど小休止しながら大分降りたところで、「まあ!綺麗!」といって彼女が指さしました。
陽は、山の端に沈み、薄暮の中、湯本温泉街の灯が瞬いています。
「ここまで来ればもうすぐだ!」暫し立ち止まり、最終バスには十分間に合うことを確認、安堵の気持になりました。
 歩き出して間もなく足下がだんだん暗くなり始め、懐中電気を不携帯だったことを悔やみ、ガイドブックを一枚一枚破り、よじるように丸め、松明代わりに火を着け、足下を照らしながら急ぎ下山しようとしたその瞬間、足を滑らせ谷へ転落。
ハッ!と気付くと、10?前後の二俣の枝にお尻がすっぽりはまり、片手で彼女の手をしっかりと握っていました。
「地面に着いている?」「中ぶらりんよ!」「まずい!」と思った瞬間、一気に体重38?を引っ張りあげ、抱きかかえました。
「ファイト、一発!オロナミンC!」なんて絵空ごとのように思われますが、「火事場の力持ち」が出たのです。
この時、「遭難」「若い男女「自殺」」の活字が踊りました。
「ゴメン!」「ゴメン!」と何度も彼女に誤りました。
 どのぐらい滑り堕ちたのか上を見上げますが、暗くて良く見えません。
勿論、谷底も良く見えません。
 2人は抱き合ったまま「どうしよう?」「どうしよう?」と思案しますが、不安と、恐ろしさが入り交じり、無言のまま、抱き合っているだけでした。
2人でここを脱出するには、何とかよじ登るしかありません。
しかし、この暗闇では無理だろうと観念し、一夜このままで耐えることに決めざるを得ませんでした。
 眠ってしまったら危険なので、歌を歌って睡魔との闘いを覚悟しました。
ところが、案外知っている歌って少なく、長時間歌い続けられません。
時間稼ぎのため同じ歌を何回も繰り返し歌いますが、4回、5回と繰り返し歌っていると、逆に睡魔が襲ってきます。
もしもの時を想定して、リュックサックの口を締めている紐を、お互いのリュックから抜取、2本の紐を堅く繋ぎ、2重に編み、私のバンドへガチガチに結びつけました。
紐で結び、密着して抱きあってみると、何となく安心感が出て来ました。
だからと言って眠るわけにはいきません。
朝まで持ち堪えねばなりません。
「疎開先のこと」「家族のこと」「幼少からの友達のこと」「共通の大学でのこと」「会社のこと」など思い出すこと全てを抱き合ったまま話し合いました。
 何時間も彼女を抱っこして身動き出来ず、全身痺れていましたが我慢し続けました。

うっすらと空が明るくなって来ました。 小鳥の囀りが飛んできました。
「もうすぐだ!」「がんばらなくっちゃ!」「なにがなんでも離すもんか!」
やがて視界がはっきりしてきました。
谷底は10mぐらい下に小さな水無し沢が横たわっています。
見上げると、10mぐらい落下して、この枝に引っ掛かったことが解りました。
本当に運が良かったとしか思えません。
もし、この枝がなかったらあの岩にぶつかり、今ごろ死んでいたに違いありません。万が一助かったとしても、重体で動けず、いつ発見されるか考えただけでも「ゾーッ」としました。 両手を合わせ「神に感謝しました。」

「慎重に!」「慎重に!」と、自分に言い聞かせ、ゆっくり紐を解き、急角度の断崖を下から彼女の足場を指示しながら一歩一歩登りました。
10mよじ登るのにどのぐらいの時間を要したか記憶にありません。
稜線に辿り着いた時は暫く立ち上がれませんでした。
その時、太陽の光を全身に浴びていました。

この事件後、それなりに確信していましたが、どうしてもダメ押しをしないことには、安心出来ず、日傘を持って西武池袋線の改札口へ来るように約束しました。
現れた彼女を石神井公園に連れ出し、猛暑の中、日傘を披かせボートに乗せました。
静かにボートを漕ぎだし、「結婚して欲しい」と、申し込みました。
「結婚式は来年の5月15日と決めているんだ! 式場はどこでもいいから、決めてよ。池の中ならちゃんと返事をしないことには、遁げられないだろう?」と、一方的にしゃべりました。
私の気持は今日でも明日でも結婚したいのですが、全く蓄えがありません。
これからそれなりの結婚費用を作らなければなりません。
どうしてもお金を貯めるには何カ月もの時間が必要なのと、自分の誕生日なら後々、結婚記念日を忘れないで済むと言う我ながらの思い付きで彼女へ告白したのです。
「それを言いたさにこんな芝居をしたの?」
ギラギラ夏の太陽の下、櫓を漕ぎ、汗を拭き拭き承諾の返事を待ちます。
暫く間があり、「考えさせて! 9月12日に返事をするわ!」と返ってきました。 9月12日は彼女の誕生日です。
即答を期待していましたが、「嫌だ!」と言えず、約2週間待つことになりました。

 次回へつづく