創立2年近く経過(昭和38年)。
当時のテレビ、ラジオでは、「アカシヤの雨がやむとき」「スーダラ節」「銀
座の恋の物語」「上を向いて歩こう」「硝子のジョニー」「王将」「寒い朝」
「若いふたり」「遠くへ行きたい」「赤いハンカチ」「いつでも夢を」「ハイ
それまでよ」「愛と死を見つめて」「こんにちは赤ちゃん」「高校三年生」「恋
いごころ」「見上げてごらん夜の星を」
こんな歌が盛んに歌われていました。
総勢6人の仕事場は作業机4台を中央に寄せ合い、隅には経理机、計5台の
机を6畳間に配置していましたが、如何せん狭すぎて営業回りして帰社しても
座るところが有りません。
資料、セル、紙類、絵の具類、作業道具、作業中のものなど、
ところ狭しと置かれ壁際ぎりぎりに座っての作業、
足の踏み場もない状態でした。
誰が見てもこの倍の仕事場が必要で、渋谷の鶯谷に月/家賃5万円の(渋谷駅
から徒歩5分)公団住宅3DKマンションを借りることにしました。
徹夜の度に床に置かれている物を作業机へ乗せ、身体を丸めて仮眠を取って
いましたが引っ越し先は3倍以上の広さが有り寝床の有り難さを実感しました。
スポンサーとの打ち合わせスペースも出来、何となく会社らしくなりました。
少しづつ菁映社の名が業界に知れ渡り、スタート時の営業行脚とは違ってス
ポンサーからご指名がかかるようになりました。
うれしい反面少しづつ生意気になっていき、過去には到底言えなかった発言
をしてしまいました。
「ちょっと!ちょっと!この内容にしちゃ安過ぎますよ!」
「あと3割ぐらいは足してもらわないと!」
なんて平気で言えるようになり、
「菁映社は良い仕事はするけど他所より高いという評判だよ!」
と顰蹙を買ってしまい、「初心忘れべからず」の大切さを知りました。
それでも経済成長のお蔭か?仕事量は増え、忙しい毎日が続きます。
売り上げは順調に伸び続けましたが撮影経費が半分も掛かり、利益が余り出
ません。
撮影を自前でやれば必ず儲かるのだが、なんせ先立つお金が無く、
増資か?借金か?宝くじか?何れにしても100万円以上の資金を作らねば撮
影機材業者も「うん!」と云いません。
一日も早く撮影機材を導入すれば利益も出ます。
ある日、F君の親父さんに借金を申し込むことにしました。
二人で親父さんの日本通運役員室へ出向き150万円の借金を強請りました。
即答は得られませんでしたが3日後連絡があり、三菱銀行秋葉原支店へ実印、
印鑑証明証、決算書、見込み売り上げ、見込み経費などを作成して三人で銀行
へ赴きました。
貸付課にはすでに話しが通っていて親父さんの預貯金が担保になり、すんな
り150万円借りられることになりました。
何があっても他人の力は借りず、自分達だけで会社を盛り上げて行こうと固
く心に決めていましたが、この時は親父さんに深々と頭を下げました。
念願のアニメーションカメラの導入が実現、4.5帖の部屋の畳みを押し入れ
に退かし、コンクリートの床にアニメーション台を設置しました。
カメラ操作や、照明の何たるかが解らず友人のカメラマンに約1週間教示を
受け、何とかいじれるようにはなりました。
フイルムにはディライトタイプ(太陽光)とタングステンタイプ(電灯光)
があり、室内での撮影はタングステンタイプ(電灯光)を使用します。
そのため外光(太陽光)を遮ぎらねばならず、戸締まりをしっかりします。
夏の日のことでした。
高価なクーラーは買えず、撮影室は照明の熱で暑さと汗との闘いです。
ランニングシャツ、ズボンまでぐじゅぐじゅ、長時間の撮影に耐え切れずつい
にパンツ一枚で撮影していました。
そこへスポンサーが来社、パンツ一枚の姿で「いらっしゃいませ!」
さぞやびっくり、呆れたでことしょう。
ムービーフイルムは1秒24コマが国際基準で定められています。
ビデオは1秒約30フレームに定められています。
アニメフイルムの場合は1秒24コマ、ビデオは1秒30フレーム必要になり
ます。
仮に1分のアニメだとフイルムの場合1440コマ、ビデオは1800フレーム作
画及び撮影しなければなりません。10分のアニメになると超大作(14400コマ、
18000フレーム)と云っても過言ではありません。
このように作画も大変な労力を強いられますが、撮影も大変に神経を使いま
す。
果てしなく続く道程を一歩一歩歩むほかはなく、やっとゴールに辿り着き試
写した結果、演出力、キャラクターの演技力、編集力が伴わないアニメーショ
ンは観客にソッポを向かれ、辛い憶いをしたことが何回もありました。
反面「良い出来だね!」と褒められると天にも昇る気持ちになります。
もしかして、この言葉を期待して作り続けてきたのかも知れません。
こんなある日、前の棟に住む30代の綺麗な奥さんが食材費のみで(賄い
費無用)、昼食の仕度を申し出てくれました。
奥さんとは一度も立ち話をしたこともありませんでしたが、前の棟から眺め
ているだけでおおよその見当がついたのでしょう。
若いスタッフが毎日のように徹夜の日々を過ごしています。
恐らく情けない格好でうろうろしていたことなんでしょう。
当然ろくな食生活をしてる訳がなく、「炊飯器」「お鍋」「中華鍋」、全員
の「どんぶり」「お椀」「お皿」「お箸」「スプーン」「フォーク」を買うよ
う半強制的に命令されました。
この日を境に、野菜、魚が中心の昼食になり、若者の好きな肉類はたまには
出ましたが毎日の献立が楽しみになり、栄養バランスが整い、大袈裟かも知れ
ませんがこの奥さんのお蔭で今があるのかもしれません。
次回へつづく
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